汲み取りトイレからの蚊には油!

この島に移住して驚いたことはトイレが汲み取りだったことだ。横浜の外れで生まれ育った都会っ子は愛媛で4年農業を経験してだいぶ田舎暮らしにも慣れたつもりになっていたが、汲み取りのトイレは初めてだった。一人旅で結構なボロ宿にも泊まったが、部屋に鍵はなくてもトイレは水洗だった。自然農の講習の時泊まった宿舎と座禅の接心の時の宿舎は水洗ではなかったが、片方はおそらく伝統的なぼっとん便所、もう一方はおがくずを使ったトイレだった。汲み取りのトイレはどちらとも違った。トイレの蓋を開けると真っ黒な口が開いていて、臭気を伴った風が吹き上がってきた。僕にはここで用を足す勇気はなかった。

妻も田んぼに囲まれた家で育ったとはいえ、その育ちは都会っ子であった。このトイレは精神的にかなりキツかったと思う。便秘になるのも無理はない。そして悪いことには夏になるとこのトイレからは大量の蚊が渦を巻いて湧き上がってきた。妻は家にいると便秘になり、外に行くと快調になるという日々が続いた。トイレのためにモーニングに行くというなんだか本末転倒虫なこともよくしていた。

もちろん、僕も指を咥えて見ていたわけではない。だが、重曹も油も使いかけのハーブのマッサージオイルもそしてヤケクソで入れたレモングラスの葉っぱもなんの役にも立たなかった。少なくとも良くなったかと思った数日後には蚊が舞い戻ってきた。朝顔の葉も効くとネットで見たが、引越してきた年に咲き誇っていた朝顔は棚を作り替えた翌年からはほとんど咲かなくなってしまった。夏のトイレは窓を閉め切った中で蚊取り線香が二つ焚かれ、煙が立ち込めていた。

万事休す。もう殺虫剤を投与するしかない。そんな風に覚悟を決めると人間には救いの手が差し伸べられるらしい。なぜか僕たちは汲み取り業者が糞尿を汲み取る蓋の方から油を入れればボウフラを抹殺することができるのではないかと思いついた。

翌日、スーパーに行って、一番安くて一番たくさん入っている食用油を買った。1.5リットルである。汲み取りの蓋を開けるのはあまり気が進まなかったが、前に隙間を塞ぐときにも何回か開けていたし、そのとき周りを掃除したからそこまで気持ち悪くはなかった。ヤケクソで投げ込んだレモングラスは僕の予想に反して、ほとんど原型を保っており、このままでは汲み取りのおじさんにどやされること確実なので、木の枝で掬い取った。そして油を満遍なく流し込んだ。

翌朝、まだ蚊は出てきたが、勢いはなくなった気がした。1匹1匹手で殺していった。翌日、蚊はさらに減った。そして3日目、ついに蚊の姿をトイレで見かけることはなくなった。同時に家の中や風呂にいる蚊もだいぶ減った。ボウフラがいなくなって水が汚れるせいか、小蝿は少し増えたが、それも問題にならない程度であった。何度か蚊が出てきて妻は油を追加投入するように迫ったが、僕はもう少し辛抱強く様子を見るように勧めた。現在のところ一月あまり、蚊は大量発生していない。

ということで、結論として汲み取りトイレで蚊が大量発生して困ったら、食用油を汲み取りの蓋のある外から大量投入することがおすすめである。便器から油を入れても便槽の中に行き渡らず効果は薄い。必ず外から蓋を外してやることが肝心である。あとは外から蚊が入れるような穴は塞がなくてはならない。

殺虫剤の使用はなんとか回避することができたが、この食用油を撒く手法の環境負荷が低いかは疑問である。だから自己満足に過ぎないかもしれない。しかし、僕は満足した。

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